【R18 ブログ小説】
夕餉の後の夜食会
1番 焼肉とローカル単線
Experiences:チンピラと女の子のおフェラ
Experiences:チンピラと女の子のおフェラ
夕刻。
差し掛かった夕日が、閑静で鄙びた住宅街を朱に染め上げる頃、一台の車が家の前へと進み出る。
小ぢんまりとした門柱の前に、一人の中年男が所在無さげにぼんやりと立ち尽くす。
連絡した時間よりきっかり5分遅く、M野の自動車が到着した。
運転席の窓を開け、朗らかな声が男を出迎える。
「やあ、どーもどーも。
今日は4人ですわ」
「おう、そうかね」
S海はそう答えると、ぐるりと周囲を回り、後ろのドアを開けて後部座席へと乗り込んだ。
助手席にはA林、後部座席にはU西が既に乗っており、何事かの話に夢中になっていた様子だが、S海が座席に座ると話を中断し、挨拶する。
「お疲れ」
「久しぶりやのう、元気やったか?」
S海は答えず、片手を挙げて軽く手を振り、笑みを返した。
挨拶が終わると、運転席に座るM野が声を掛ける。
「今日は焼肉ですわ、良いですか?」
「おう、俺はええで」
M野の問いに、後部座席にふんぞり返ったU西が真っ先に答え。
「良いと思うよ」
次に4人の中で最も体格の大きいA林が賛同する。
「俺もそれで構わない」
最後に、3人の返事を確認するかのようにS海が声を上げた。
――――――――(1)――――――――
土曜日の焼肉屋は何処も混んでいた。
予定していた店が、既に待ち時間が2時間を超えており、入れる店を探しての、国道や幹線車道を巡回する様なコースのドライブ。
毎度ながら、M野は予約を入れない。
そろそろ夕食時も過ぎようかという頃、何度目かの駐車場巡りを終え、4人の中年男共は漸く食事にありつける事となった。
U西が煙草を吸いたいと言うので、玄関口の灰皿へ向かう。
煙草を吸い終える迄、4人で近況報告などを含めた雑談に興じ、それから店内へ。
レジ前の予約表に名前を記入する前に、奥から現れた店員が人数を問うた。
混み合う時間帯から外れた所為か左程待たずに席に案内され、店員にオーダーを伝える。
90分全品食べ放題コース3,980円、プラス税、の人数分が今日の食事だ。
「S海さん。
今日は飲まないんですか?」
オーダーの際に酒を頼まなかった、酒好きのS海。
不思議に思ったM野が声を掛けると即座にU西が呼応する。
「そうや。
遠慮せんと飲んだらええんやで。
俺も飲みたいが、この後家の用事で車載るしな」
酒を美味いと思っておらず、普段から飲まないA林も頷き、飲んで良いんじゃない?というジェスチャーを送る。
「今日はいい」
当のS海は短い答えで返す。
「ほうか。
まあ飲みたくなったんやったら、俺らぁに遠慮なく注文取ってくれよ」
「ああ、すまないね」
気遣う友の声にほんの少し笑顔で返し、S海は再び黙った。
中年男が4人集まり、肉ばかり食べがちと思われたが、皆健康に気を使っているのか、キャベツや玉葱等の野菜も、割と多くテーブルに運んでくる。
昔は野菜など見向きもしなかった筈だが、昨今の健康ブームの影響が大いにあったのだろう事は疑えない。
勿論肉も焼いて食べてはいるが、この4人が集まった時は、店の席に着いたらすぐ、野菜を摂る事と健康の話題をするのが、最近のトレンドとなっていた。
直後、体重の話に移り、最近行っている運動、運動しても体重が減らない等の近況報告。
世間様はあんな感じ、こんな感じ、どんな感じ、と目まぐるしく変わる話題に、お互いの感想を好き勝手言い合い。
昔は野菜など見向きもしなかったのに、俺達歳食ったなあ、としみじみした雰囲気になった後、最後にS海の痩せたければ早食いは止めておけ、の台詞。
そして自ら出てきた腹をぽんぽんと叩き、笑い合うのが食事開始の合図だった。
第一陣の焼き終えた肉を少し食べた後。
野菜を取って来る、と言ってS海は肉を焼くのを友に任せ、席を外す。
通路の向こうに見える、セルフサービスで提供されている野菜を並べたコーナーへと向かった。
両脇の座席には様々な人が座り、様々な理由と共に、同じ店へと訪れているのが伺える。
カウンター席の隣同士で、おしゃべりに興じる女性。
乾杯の声と共に、ジョッキのビールを掲げ合う、スーツ姿のサラリーマン。
焼いた肉を皿に盛り、食べつつもスマホに夢中になっている青年。
朗らかに対話しながら、少量の肉を少しづつ焼く老夫婦。
網の上で肉が焼けてゆく様を、スマホで写真を撮り合う外国人と思しき観光客。
はしゃぎ回ろうとする子供をたしなめる夫。
会社付き合い、観光客、恋人同士、御一人様、そして家族連れ。
見渡せば男女問わず、子供も居れば、大人も、老人も居た。
それらを横目で確認しつつ、邪魔にならないよう、慌てず騒がずそっと、通り過ぎていく。
辿り着いた野菜コーナーには、人が少なかった。
飲み物を持った家族が先の通路を折れると、人影は全く見当たらない。
盛り皿に欠品は無く、取り皿で持ち帰るには十分な量があった。
これ幸いとキャベツと玉葱、人参、さつま芋の薄切り、ピーマンを皿に盛り、右手と左手、双方で1枚づつ野菜の乗った皿を持つ。
元来た通りに通路を引き返そうとした彼は、歩みを進めようとして、ぴたりと足を止めた。
野菜コーナーに野菜を取りに来たのだろうか、それとも飲み物コーナーでジュースを注ぐつもりだったのだろうか。
ブラウスとタイトスカートに身を包んだ女性2人が、通路に立っている。
向こうもまた、ぱたりと足が止まった。
だが、S海は若い女性2人組に軽く会釈をすると、すっかり中年体型となった体を、通路の角に押しやり道を譲る。
見ていて可哀想になる程、圧迫されたかのような姿勢で、お先にどうぞ、というジェスチャーを行い、先に行くように促す。
2人は笑顔で会釈を返し、早歩きで通り過ぎた。
それから彼は、誰も歩いてこないのを用心深く確認し、歩き出す。
少し無理な姿勢をしたのか、ちょっぴり肩が痛かった。
席に戻ろうとする頃、にわかに店が混雑し始める。
S海はセルフサービスでの野菜を皿に盛り、通路に人が溢れる寸前、座席へと戻った。
「おい、何やってるんだ」
和気あいあいと話を続ける3人を尻目に、戻ってきたばかりの彼はテーブル中央の、焼き網の方に視線を落としながら言う。
パチパチと燃えるケシ炭が、上に並ぶ。
ロース、ミノ、ハラミ、カルビ、タン、ハツ……。
所狭しと並べられた様々な肉、それらの全てが、網上で黒く変色しつつある。
席に居た3人が話に夢中になっている間に、網の上に並べた肉が焦げ付いていた。
「あっ、すまん」
声が届くと、話がぴたりと止み、驚きの声がテーブルの上に広がる。
「うわー、やっちゃいましたね。
すみません」
「俺、替え網頼んでくるわ」
素早くU西が立ち上がり、店の奥へと小走りで向かう。
A林はトングを掴むと焦げた肉を皿に盛り、S海に差し出す。
差し出された側はどういう意味か判断しかね、一瞬顔を顰めた後、受け取った皿をテーブルの隅に置く。
勿体ないから食べよう、という魂胆だったのだろうか。
がりがり、と彼は先程まで肉であった物から、食べられそうな部分を切り離すべく奮闘している。
M野はU西が持ち帰った、焦げた網と新しい網を好感している最中だ。
「もうそんなモノ食べずに、新しいの焼こうぜ。
確かに勿体ないが、焦がしてしまったものは仕方ない」
そうS海が声を掛けると、A林はそうか、と言って交換した新しい網の上に肉を並べ始めた。
「……、すまん」
肉を並べ終え、俯いた再度A林が謝るが、M野、U西の両名はさほど気にせず、労をねぎらう。
「気にしなくて良いですよ。
云わば、気付かなかった俺も同罪ですし」
「せやで、さらの肉が焼けたら食おうや」
気を取り直して肉を焼き、再び食べながら話に興じる。
しかし、その後も話に夢中になり過ぎる度、肉を焦がしかける危機に陥る彼らであった。
――――――――(2)――――――――
何度目かの網交換の後、しばらく時間が経ってから、M野が頃合いを見て皆に提案する。
「そろそろ出ますか?」
残った肉を皿にかき集め、たれに浸した後ごはんの上に載せ、もぐもぐと咀嚼するS海が反応した。
「ちょっと待ってくれ」
喋りながらも、更にごはんと肉をかき込むように口に放り込む。
「ゆっくり食って下さい。
先に会計してきますんで」
「おう、米好きやなぁ、S海は。
その食い方、俺も好きやで!
家で肉食う時、いつもそうやもん」
話に合わせ、大きく頷くA林。
いつも食べるのが遅いS海に、皆、慣れた態度で出迎える。
焼肉屋に来た際は、皆が好き放題焼き、残った肉をS海が食べる、といったこの面子の何時も通りのスタンスだ。
その後は時間ギリギリ、オーダーストップのお呼びがかかる寸前まで、S海はもぐもぐと米と肉とタレの混合物をかき込み続け、それから後支払いをM野が行う事となった。
「車出してくれてるからな、受け取ってくれ」
会計に立とうとしたM野をS海が呼び止め、5,000円札を手渡す。
すると、他の2人も同額の札を財布から取り出し、M野に渡した。
「おう、そうやで。
俺も出すから、会計の足しにでもしてくれへんか」
「俺も、俺も」
「ああ、すいません皆さん。
ゴチになります」
大した額では無いが、負担を減らしてくれる気遣いに、M野は素直に喜び、礼を言う。
そして彼は机から吊るしてある伝票を手に、会計へと向かった。
M野が支払いに並んでいる間、再びタバコが吸いたいと言うU西。
いい歳こいた中年が、ぞろぞろと雁首揃えて会計に、仲良く一緒に並ぶのもどうなのか、と言う話になったので、店外で待つ3人。
喫煙コーナーで煙草を吸っていたU西と話しているS海。
その後ろで、先に会計を済ませた女性二人が軽く会釈をしたが、彼は気付いたのかどうか。
煙草を吸い終えるのを待ち、その後、駐車場に止めてある車へと場を移す。
もう既に定位置と化している何時もの席順。
そこに4人が乗り込んでも車は出発せず、駐車場に駐車したままだ。
中では座談会の如く、とりとめもない話を繰り広げている。
「あー、オンナノコとねんごろになりたいわい」
「そうは言ってもなかなか機会がねえ。
あ、ほら、S海さんの方向いて女性がお辞儀してたじゃないですか。
さっきのは何だったんですかねえ?
お知り合いですか」
「おっ、そうだった、聞きたかったんだ」
不満そうな物言いでA林がS海に呼び掛ける。
「何で見知らぬ女がお前に挨拶するんだよ。
不可思議だ、羨ましい。
正直、羨ましいぞ」
「へえ、そんな事あったんや。
全然気ィつかへんかったわ。
でも昔から時々そういうのあるよなあ、なんでや?」
「通路でカチ合った時、道を譲ったからじゃないか」
ごくごく短い時間考えた後、あまり抑揚の無い口調で、あまり興味が無さそうにS海が返す。
女性の2人組で今日の記憶にあるのは、通路でかち合った時だけだ。
その時彼の中では、先に通るという方針の優先順位が低かっただけなのだが。
「何で道を譲ったんだ。
先に通ればいいだろう」
それでも寡黙な彼は落ち着き払った声色で事務的な説明を行う。
その後時間的に珍しく通路が混んでただろう、と言いながら。
「状況的にその、通路を先に通れたというアドバンテージの価値が上がったんだろう。
少なくとも、店から出る際、俺に会釈する程度にはな。
A林、お前羨ましがるなら、もう少し女に気を配るべきだろう。
何かちょっとした事で、関係が持てるかも知れんのだし」
それを聞き、ほう、とM野が感心したような声を上げた。
「うーん。
俺もまあ、気ィ利かん方やし、先通ってまうなあ」
「んー、俺もわからん。
道を譲る位で関係が持てるという理屈が分からんよ」
U西の答えにA林も同様、異性に道を譲る事に納得がいっていない様子だ。
「あっ、僕は分かりますよ。
関係って言うのはエロい事じゃなくて、女性と近づけるきっかけの事かと。
ねぇ? S海さん?」
恐らくだが、A林の言う関係は肉体関係の事を指すのだろう。
話の内容が理解できたM野は、補足を入れようとフォローに回った。
それを聞いても、A林はさも納得がいかないといった風に首をかしげる。
「何できっかけを関係って言うんだ?
普通、関係と言えば肉体関係の事じゃないのか。
それも分からん」
「それは意味が偏り過ぎだろう。
例えばだが、U西。
M野とお前は仲が良いが、A林の言う関係が含まれるか?」
「含まれてへん!
含まれてたまるかっちゅーんや!
俺の最終目標は、若いオンナノコと一緒の布団の中やで!」
叫びつつ完膚なきまで否定するU西にS海は、まあ、そうだな、と同意する。
「俺とS海の『関係』は友達『関係』やけど、肉体『関係』では無いんやで。
関係という言葉の意味は、もっともっと広いものなんや。
『関係』の前後に色々言葉付けて、細かく意味を変えていくもんなんやと俺は思うとった」
そう言った後、前後って何かエロいなあと言い、うぷぷ、と口を押さえて独り笑う。
普段通りのU西だが、そのノリに慣れ切っていた3人は誰も笑わない。
何事も無かったかのように、A林が続ける。
「まあ、関係という言葉の概念は分かった。
でもそれで女と仲良くなれる、という理屈が分からん」
「つまりですね、関係を持てるかも、というのは。
女性に親切にする事で、声を掛けやすくなる機会が増えるかもしれない、と。
可能性の話を言っているんですよ」
直情的らしいA林に、丁寧に説明するM野。
「本当にそれでいいのか?
女と声掛けたり話できるんなら、それ位ならやってもいいけどさ。
俺は女と肉体関係という関係を持ちたいよ」
「声を掛けても良かったが……」
声掛けに反応したらしい、S海が車窓の外を眺めながらぼそりと言う。
すると2人程が、即座に否定の反応を返した。
「それはアカン」
「そうですよ、僕達友達じゃないですか」
抜け駆けはするな、とでも言いたげな雰囲気が車内に満ち、A林がうんうんと頷く。
「ああ、しかしやな。
エロいもん見たいなあ、どっかないかなあ」
「それは僕も見たいですよ」
先程とは打って変わって話が突然違う方向へと向かい、後部座席で伸びをしながらのU西と、ハンドルに顎を載せた姿勢のM野の2人が、溜息をつく。
今度は話の趣旨を理解したA林も、合わせて同様の態度を言葉にする。
「この辺りでそんな事無いか。
ネットじゃあどこそこでこんな事したとか、あったとか色々話が出てるけどさ。
町中見渡しても、そんなに見当たらないよな、不思議な事に。」
その様子を見ながら、U西は持論を語る時が来た!とばかりに活き活きとした目で語りだした。
「そら、ネットの世界はホラ吹きが服着て歩いてますやんか。
ちょっとの噂程度じゃアレやん?
えーえと、何やったっけ」
そこまで言って、うーんと考え込んでしまう。
U西は言いたい単語が単語が出てこないようだ。
「あっ、フェイクニュースじゃないんですか」
思い当たったらしい、M野の声が続く。
「おお、それや!
スマンスマン、おおきに、M野。
そのホラが巷の、何とかって言うえすえぬえすやら、巨大掲示板とやらには仰山集まって、毎日タレ流されとるんやろ。
皆偶々大きゅう目立ったもんに注目してまう、そんな感じなんとちゃうか?
そもそも便所の落書きを本気にしたらアカンでぇ」
「うーん……。
やっぱり皆、嘘とか妄想を垂れ流しているだけなのかァ」
巨大掲示板に入り浸っているらしいA林はがっくりと項垂れた。
さも残念そうに両手を広げ、首を振りながらU西が続ける。
「俺、この辺の生まれでずっとおるけど、見かけた事なんてあらへん。
流石に世の中にはそういう事がな、全く無いとは言えへんけどな。
機会があれば、カーセックスとかやりたいんやけど、なぁ。
……残念やけど、たぶん、無いんやろなあ」
「僕も見かけた事は無いですねえ」
項垂れた儘、そうか、と生返事をするA林。
望みを絶たれたとばかりに、失望から絶望に移り変わりつつある車内の空気。
現実に打ちのめされた3人が、三者三様の溜息をつきかけたその時に、後部座席から肯定する意図の声がした。
「この辺りか?
割と遭遇すると思ってたが、違うのか」
声の主は、窓の外を眺めていたS海だ。
発言と同時に、えっ――と、他の3人が驚く。
それはそういう状況と出くわした事があるという意味だ。
しかも、割と遭遇するとはどういう事だろうか?
彼はホラを吹くような性格でも、見聞きした事を自慢する性格でもない。
探しても探しても滅多に、と言うか見た事の無いシチュエーション。
その彼が、見かけたことがある、と言うのだ。
――――――――(3)――――――――
一同の視線が運転席後部のS海に集中する。
U西は隣から、横顔をしげしげと眺め。
助手席から振り返り、真っ直ぐな視線をぶつけるA林。
運転席のM野は、車内前方上部に取り付けられたバックミラーで。
三者三様の視線を受け、話題の主役に躍り出た彼は、普段は重い口を開いた。
「……まあ、お前達がそこまで言うなら。
直近の話で良いのか?」
尋ねると、3人は何でも良い、と言った風体で頷く。
車窓から目を離し、向き直ると少し目を閉じ、もごもごと口を動かす。
話したい内容が纏まったのか、その後目を開き、何時もより少し大きな声で話し始める。
「……そこの駅で終着のローカル単線。
列車の先頭同士が連結されてるだろう。
運転席は閉じられているが、通り抜けさせるために一般にも解放されている部分、通路の隣の従業員用の椅子にだな、ガラの悪そうな輩が座っていたんだ。
椅子に座っていたらその中で――そいつらが、な」
彼は続きを聞くのか?と手で合図する。
3人は続きを促し、それを見たS海は、……少し長くなるぞ、と前置きして続きを話し出した。
「夜帰る時、偶々列車の連結部近くの席に座った時の話だ。
まあ、そこの電車に乗って帰らなきゃならん時があってな。
ふと見ると、丸顔でぽっちゃり目のヤンキーが、さっき説明した従業員用の席に座ってた。
単にそれだけなら、俺も気にも留めないし、今回の話題にも出したりはしない。
電車が出発しだしてから、妙な音がしてな。
通路部分で何かが動いて、女の声も微かに聞こえてきたから、音のする方に顔を向けてみたんだ。
出発前は誰も居ないと思っていたんだが、そこには椅子にヤンキー男と、その前に学校の制服を着た女が居た。
ヤンキー男は、その状態で椅子に座ってた。
だが、女の声はするが、姿が見えない。
不思議に思って少し視線を下ろすと、女の顔があって、驚いたな。
最初は生首でも浮いているのかと思って、焦った位だ。
そこだけ妙に明るかったんだ、何故だかは知らん。
兎に角、椅子周辺が薄暗い中、光に照らされて女の顔だけが、はっきり見えた」
「女って、顔は?」
A林がすかさず問う。
短い質問を聞くと、頷いてS海はそのまま続けた。
「その女の目鼻立ちは整っている方だと思う。
――あくまで俺の感覚での話だが。
そうだな、容姿は髪が肩辺りまでのストレート、色は黒。
身長は155~160センチ位ではないだろうか。
制服が胸の厚みで盛り上がっていた。
狭い場所に座っていたから、それで強調されるような事になってたのかもしれんがな。
大きくは無いが、小さくは無いと言った所か」
体型について言及した所、慌てたM野が滑り込むような勢いで話に割り込んだ。
どうやら話で気になる所でもあったらしい。
「せ、制服って、どこの学校ですか」
「分からん」
期待した答えと全く違う回答が、彼の口から即答される。
「え?
あ、いや、服の形状とかも覚えてないんですか」
少し考えると、再びS海は話し出した。
「ブラウスの様なものに、ジャケットを着ていた。
襟元に紐を結んでいる感じの制服だ」
「ブレザーか!」
「せめてポン女かケイ女かが分かれば良いんですがねえ……!」
「なあ、どっちか分かんないか?」
女学生の制服に詳しいらしい、A林とM野が交互に話し、S海を問い詰めるかのような勢いで質問する。
「制服は知らん。
お前達の言うポン女とかケイ女?
それもすまんが、何を意味してるのか分からん」
「お前、そんな事も知らへんのか!」
突如、U西が間に割って入る。
あかんやっちゃなあ、と彼はぼやき、何も知らんお前にわざわざ教えてやろう、と言うような態度で説明を始めた。
「ええか?
ポン女は西N女学院の事でな、成績があんま宜しくない、あんぽんたんな女が通うとる。
せやから通称がポン女言うんや。
もう一つ、ケイ女言うんはな、東R女子高の事やで。
あそこは算数に強く頭良い女が仰山おるんや、だから理系女から採って通称ケイ女。
この辺じゃ常識やで」
「つまりは、ポン女が軽い感じの女が多い学校。
ケイ女は大人しい感じのお嬢様が通うイメージの学校だよ」
U西の解説にA林が合の手を入れる様に解説を付け加える。
「あァ? 何だ、その差別的な区分は。
普段電車通勤してるから電車に乗る学生は男女よく見かけるが、さっきも言った通り、どの学校がどの制服かなど俺は知らん。
俺はパンチラ見る為に、日がな一日通学路で風が吹くのを待ってる様な暇人じゃない」
一息で言い切ると、何故かM野がぐうう、と呻く。
S海はこいつやってたのか、と言う予感が脳裏を過ぎったが、口には出さない。
うーん、と唸ってA林が話を進める。
「スマン、話が反れたから戻すが。
俺はその女の制服がどこのか知りたい。
電車通勤ならポン女もケイ女も見かける筈なんだよ。
見た事ないか?」
「今回の話の女の制服で良いのか?
何度も見かけた事がある制服だ。
色は紺色の様な色だが若干黒めで、革靴を履いてる。
ジャケットは4つのボタンが2列並んでいて、形の違うビジネススーツのような感じだ。
スカートは模様が無く生地の折目が沢山ある物で、ジャケットと似たような色の、長いものを穿いていた」
「4つのボタンが2列、黒めの紺で、折目のスカートが長い……!?
ケイ女だ!」
M野が興奮した面持ちでA林と確認し合う。
「そうだな、スカートの長さは決め手になるなあ。
ほぼ間違いない。
しかし、詳しくないのによく覚えてるね」
「羨ましい事になあ、通勤時にはほぼ囲まれてるから、毎日見て形だけは知っとるんやな」
「まあまあ、制服も分かった事ですし。
話の続きを聞きましょうよ」
疑問が解け、M野はS海に続きを促す。
ついでに制服も覚えてくれるとええんやけどなあ、と残念がるU西。
その台詞に、A林もうんうんと相槌を打つ。
M野まで肯定的な現状を見て、S海は眉をひそめた。
「非常に残念だが、どこの学校の制服がどれか、なんて俺は明日には忘れてる。
ええと、何処まで話したか?
ああ――、そうだ。
それからな、よく見ると薄明かりに照らされて、男の方がズボンを脱いでたよ。
勿論パンツも脱いでいたのも見えてる。
ん?」
疑問が出たような表情で3人がS海を見ていた。
分かった分かった、と言いたげに彼は片手を挙げ、発言を制す。
「なぜそこまで見えてたかって?
偶々座った座席の位置と、俺の座高とが、他の死角を抜けて丁度ぴったりでな。
これ以上は無い程見易い位置取りの、特等席だったという訳だ。
少し位置がズレれば、車内の壁か暗がりしか見えなかっただろう。
――良く見えてたぜ?
明かりが差し込んでたからな、特に肝心な部分は良く見えてた。
正直あんな狭い座席でよくやるな、と思う。
それからえー、と、そうだ。
何か言い合っていたが、男が何か強く言った様子だった。
そしたら、椅子の前で跪いていた女が、その男の股に顔を近づけるんだ。
……口を開けてな。
両手で男の脚にしがみ付くような姿勢で、男のブツを含んで根元に――唇を押し付けるような姿勢になった。
その間、女はずっと男の股にしがみ付いたままだった。
少し涙ぐんでいる気もしたが、今思えば気のせいだったかもしれん。
女も上目遣いで何度も頷いてた。
ゆっくり女が口元を動かして、ブツを刺激していたんだろう。
必死に吸い付いていたのが俺の席からは良く見えた。
頬を赤らめて、直向きに唇を押し付けてな。
それから男が何かしら女に声を掛けながら、宜しくやっていたようだが。
その内、余裕が無くなってきたのか、頭掴んでガタガタ揺すり出したんだ。
こう、女の頭を押さえつけて、自分の股に押し付けるような感じでな。
男は興奮したのか、何度も女に声を掛けていた。
流石に注意する程五月蠅くは無かったが……。
終わる時はいつの間にか、しかもあっさりだったぜ。
その内泣き声みたいなのが一声聞こえたと思ったら、静かになった。
――話は以上だ。
他もあるが、またの機会にしようか」
そこまで言うと、S海は一度呼吸を切る。
皆聴き入っていたらしく――しん、と車内が静まり返っていた。
「お、ちょっと待ってくれや」
何かを思ったのか、突然U西の制止の声が車内に響く。
「あそこの電車、俺もたまに乗るんやけどな。
お前よくそんなもんに気付いたな?」
羨ましそうな声色をひた隠しに隠し、S海に尋ねるU西。
声を抑えてはいたが、表情が全く抑えきれていないのは、誰の目にも見て明白ではあったが。
きっと、見たかったに違いない。
今日の帰りは、ローカル単線に乗るのだろうか、とM野とS海は友の行動を予想した。
――――――――(4)――――――――
「気付くも何も。
そのヤンキー男、やたらキョドってたからな。
堂々と座っていれば、そこに人が居るなんて誰も思わなかっただろう」
尋ねに対し、普段寡黙な彼はにべもなく答える。
「頻繁に顔出して、通路側を覗いてくる上に、最後泣き叫んでたんだぜ。
当時を思い出す限りは、アレで気付かない方がおかしいんじゃねえか」
言い切った後、少し考えてから彼は、恐らく一緒に乗り合わせた乗客は、皆気付いていたと思う、と付け加えた。
話し終えると、U西がすぐさま問う。
「そいつ、デカかったんか?」
モノのサイズの話をしているのだろう。
U西との会話に慣れているS海は、正解に近い予想を立ててから口を開く。
「先ずそこからか?
そうポンポンでかい奴が居てたまるかよ。
エロいビデオやゲームじゃあるまいし。
並だ、並」
「え、じゃ、じゃあ。
どうやってしゃぶってたんや?」
「お前が想像する様に、女が頭ガンガン動かしてた訳じゃねえよ。
分かり易い様に説明すると、イメージ的にはストローでちゅ~ちゅ~吸ってるような感じだ。
AVみたいだと、見応えあって良かったかもしれんが。
残念ながら、見物料を払ってでも見たくなる類のものではないな」
「止めなかったんですか?」
今迄黙って聞いていたM野が一言口に上げた。
恐らく誰も止めなかったのか、という意味だろう。
しかしS海は、止めに入るとややこしい結果になるのが、容易に想像出来るとでも言う風な口調で、回答した。
「その男女は電車に乗る前、駅のホームで仲睦まじかったのを見ている。
強姦の類では無いと断言は出来んが、ベンチで身を寄せ合っていた当時の様子からでは考え難いな。
それに、一般的な公序良俗を守る意思のない輩をその場で止めた所で、運転手が車掌を兼ねるような田舎行きローカル単線だ。
制止すれば暴力沙汰にはなるかもしれんが、そもそもの問題の解決にはならん、と思う」
例え勝てても暴力による制止制圧は、それこそ公序良俗に反するのではないか?
たかが列車内で男女の情事を見かけた位で、そこまでして制止しようとする乗客が、この現代に果たして居るのだろうか。
根本的な解決策があるのなら、もしかしたらS海は拳を振り上げていたかもしれない。
そのような思いを微かに感じつつも、M野は続いて疑問を口にした。
「それじゃあのー、撮影なんかは……」
「M野お前、知っているだろう。
俺はスマホ持ってない」
「はは、ですよね~。
――そいつら本当に学生だったんですかねえ?」
当然の疑問に、S海は淀み無く答える。
「そこは分からん。
わざわざ訪ねた訳ではないからな。
あの時俺が見たのは、ヤンキーっぽい服装の男、学校の制服を着た女、その2人が如何わしい行いを列車内で、という事だけだ。」
確認は出来なかった。
だから、若く見える大人達がスリルの味わえる場所で、遊んでいただけだった可能性は捨てきれない。
そのようなニュアンスを含む回答であった。
「そ、それで、その後どうなったんだよ」
S海がM野の問いに答え終えると、待ち切れなかったのか助手席のA林が後ろを向き、身を乗り出すようにしつつ、更に続きを促す。
再び、寡黙な彼は口を開く。
「電車が出発してから2駅目辺りで男は何処かへ消えた。
俺の居る車両の方へは来なかったな。
女と降りる駅が偶々一緒だったから、その女とは擦れ違ったりしたが。
電車から降りる際に女が矢鱈咳き込んで、何度も口元をハンカチで拭っていた。
どうなったかは――、大体想像が付くと思う。
……場に残った臭いからして、ぶっ放したんじゃないか?
女には強めの臭いが残っていたし、乗客の何人かは顔をしかめていた様な気がする」
「何で女の臭いが分かるんだよ」
A林が、食い付く様に再度問う。
心なしか、目がギラギラとした脂っこい輝きを湛えている様に見えた。
「そんな事か……、決まっている。
女の降りる駅と、俺の降りる駅が偶々一緒でな。
降りる際にドアが開くのを待っていると、件の女が俺の隣に並んだ。
ドアが開いて降りると同時に、咳き込み始めたから臭いが分かったんじゃねえか」
その言葉を聞き、A林とU西がぶるり、と身を震わせる。
「あ、なあ。
俺、今日は電車で帰りたいんやが。
突然でスマンが、駅前で降ろしてくれや。
女学生の制服やろ?
そんなんどちゃしこやんか、どちゃしこ」
会話が止まり、一瞬車内に漂った沈黙の後、ごくりと生唾を飲み込んだU西が、静寂を破った。
「あ、くそっ!
俺も――家がそっち方面だったらッ」
A林も示し合わせたかのように、心境を吐露する。
話にのめり込み過ぎたのだろう。
2人がやけに興奮した面持ちで、その場に居なかった事を悔やむ。
「S海さん、ラッキーですなあ。
いや、ラッキーですわ、羨ましい」
話を聞き終えたM野が、しきりに感心したように呟く。
「何がどうラッキーなのか、俺には解らん」
対話に興味を無くしつつあるのか、窓の外を見ながらS海は言う。
それを聞いたA林が大声を車内に響かせ、声高に主張した。
「いや、ラッキーだ。
お前凄いラッキーなんだよ、羨ましい!
何でそんな現場に上手く遭遇できるんだよ。
コツがあるなら教えてくれ!」
吐き出される大音量。
4人の中で一番大きな図体は、声の通りも良い。
「そうや。
昔から、お前ばっかりそういう事を1人締めしてる気がするでぇ。
俺ら友達やろがぃ?
何時もやれとは言わん。
偶にでええから、そういう幸せを、独り身で寂しい俺等にもおすそ分けしてくれや!」
車内を揺らさんばかりの苛立ちが募ったU西の怒声も続く。
理不尽な怒りが、車内を満たし膨れ上がってゆくのを感じた。
気持ちは分からなくもないが、消化しようのない怒りなどを向けられては、たまったものではない。
また大声で叫ばれては敵わん、とばかりにこめかみを抑えつつ、S海が反論を試みる。
「大体な。
良い思いしたのはその男だぞ?
件のヤンキー男が羨ましい、と言うなら分かるが、偶々出歯亀出来る環境だっただけの俺が羨ましい、というのは理解出来ん。
女に触れもしてない俺をやっかむのは、ちょっと寂しすぎないか」
落ち着かせるために語った言葉だが、ぐう、と2つの呻きが立ち上り、車の中は一時の静寂を取り戻す。
しかし、恨みがましい視線は全く収まる気配が無い。
諦めきれない何かが、そうさせるのだろうか。
「そういう目付きをして良いのは、決勝トーナメントで惜しくも敗れ去ったスポーツ選手位だと、俺は思うが」
倒れた者に振るわれる鞭の如く、その言葉はA林とU西の心に深く突き刺さる。
もう一度、2つの呻きが先程よりやや長く上がり、車内は完全に沈黙した。
その光景に口元を抑え、笑いを押し殺して、M野がニヤついている。
……この4人の、何時もの光景だ。
不満そうにしていたU西が、ふと時計を見て声を上げ、催促する。
「おっ、もう終電になってまう。
スマン、まじでスマンM野さん。
申し訳ないんやけど、駅前まで送ってくれへんやろか?」
そう告げるU西の鼻息は荒い。
連結部の近くに座る気満々の面持ちが、妙に痛々しかった。
「いいですけど。
ほんとに行くんですか?」
「まあ、もしかしたら居るかもしれへんやろがぃ」
「いやーどうでしょうねぇ」
M野の生返事を聞きながら、今からローカル単線に乗っても、そういう奴等が居るとは限らないぞ、とS海は喉まで出かかった言葉を飲み込み、車窓の外をじっと眺めていた。
時刻は既に午前0時を過ぎ、日付の変わった後の、しんしんと静まり返る夜。
駅前でU西を降ろし、車は鄙びた住宅街の一軒家の前に停まった。
車が完全に制止するのを待ち、後部座席にじっと座っていた頭が動く。
「じゃあ、またな」
S海はドアを開けると、するりと足を滑らせるように車を出、アスファルトを踏み締める。
「おう、お疲れ!」
「どーもどーも、また連絡しますわ」
お互いに、軽く手を振り挨拶を交わすと、S海は踵を返し閉じられた家の門に手を掛けた。
年季が入り少し錆付いているのか、キィィ、と少し軋む音を立てて、門が開く。
再度踵を返すと、車に向かって手を振り、車の中では、愛想笑いの2人が手を振り返す。
S海が手を振り終えると、車が発車した。
吹かしたエンジンから小気味良い音を響かせ、暗闇の中をポジションランプが遠く、小さくなる。
離れてゆくエンジン音が聞こえなくなる頃、S海が玄関を開け家の中に入ると、鄙びた住宅街は静寂を取り戻した。
何時の頃からか始まった会合を終え、皆帰ってゆく。
……平穏だが、退屈な日常へと。